ナイトウィザード『無名帳』


2.

ある休日のこと。智徳院家の普段使わない部屋で基直が鍵を預かる蔵の中にしまってある色々な品物を、
「うちは古いだけが取り柄の家(基之には智徳院家がそうは思えなかったが)だから、古い変なものばっかり何だよね」
と手伝っていた基之にぼやきながら陰干しにしている。
「叔父さん、これは?」
「"逆鱗"さ」
その中で一振りの日本刀を見つけた基之が基直に尋ねた。
鞘に収まったままでも、実戦一辺倒の剛毅な作りと言うことが分かる。
様式はかなり古く、太刀と呼ばれる形状だった。
「"逆鱗"?」
「ああ。これを抜くと普通の刀でも斬れない世界の『敵』のたぐいを斬る、と言うことになっているらしいんだがな、どうも記録では誰も抜けたことがないらしいんだよ。」
「叔父さんでも?」
「ああ。俺も、一度試したことがあったんだが、な。」
逆に基直が基之に尋ねる
「お前、日本刀に興味あったっけ?」
「いや。ただ、これが気になったからね」
「そうか。ただ、この刀、このまま抜けない方が幸せなのかもしれんな……」
「なんでまた?」
「いやな、これを抜いてしまった奴は世界の『敵』と否応なく戦わなきゃならなくなるからな。『敵』が自分たちを斬れる相手を放って置くわけでもないだろうしな……。」
そう答えた基直の顔は、どこか疲れたように見えた。

基之は自分の頭めがけて斧を打ち下ろしてくるレッドキャップを見ながら、ぼんやりとそんなことを思い出していた。
何も持っていないのにも関わらず無意識のうちにで斧を刀で受ける構えを取った。
恐怖で目をつぶりながら。

越戸駅と和菓子横町をつなぐ裏通り、基直と一八はあたりを見渡し、
「時間が惜しい。『飛ぶ』ぞ、カズ」
「はい」
「『箒』は?」
「"テンペスト"を。すぐに呼び出せます。」
一八がそう答えるのを待って、二人は虚空から棒状のものをたぐり寄せる動作を取った。
それは基直が『箒』と呼んでいたものだった。
外見は普通の竹箒に近い。
二人がそれにまたがると、『箒』はそれぞれを乗せたまま浮かび上がり、和菓子横町に向かって飛び出していった。
その途中、細長い棒状のものが、菓子屋横町の方に向かって飛んでいくのを基直は見た。
「"逆鱗"?」
それが智徳院家のある方向から飛んだのを見て、基直は思わずつぶやいた。

刃物と刃物が打ち合う音がした。
目をつぶっていた基之が思わず目を開けると、両手には一振りの日本刀が握られていた。
斧を受け止められたレッド・キャップはそのことがあったのか後ずさりし、その後ろにいたレッド・キャップたちも驚いたのか動きを止める。
基之はゆっくり立ち上がり、刀を構えた。
怒り、恐怖、自衛本能、憎悪、攻撃本能。
これらがない交ぜになった感情を乗せて、基之は吠えた。
「おおおおおおおおっ!」
そのままレッド・キャップの一団に刀を振り回して襲いかかる。

和菓子横町入り口手前の曲がり角。
基直と一八は着地して箒を虚空にしまう動作をした。
たちまち箒が虚空に消える。
二人とも、虚空に別のものを取り出す動作を取った。
基直は二振りともほぼ同じ長さの金銀二色の柄の小太刀。一八は時代物の無骨なオートマチック拳銃。それが彼等の得物だった。
二人は得物を構えて、和菓子横町に飛び込もうとした。
「あああああああああっ!」
突如横町から人影が飛び出し、基直めがけて刀を大上段から振り下ろしてきた。
「くっ。ぐっ」
前にいた基直がとっさのことに対応しきれず、両手の刀を素早く抜き、交差させて人影の刀を受け止める。
「基之!基之!!」
基直が自分めがけて刀を振り下ろした人間の正体を見て、思わず叫んだ。
基之の目に正気が蘇り、
「叔父さん?」
それだけ言うと、緊張が解けたのか、基之が糸の切れた人形のように崩れる。
二人は路上に基之を寝かせた。基之が持っていた日本刀は一八のコートを掛けて、すぐに見つからないようにする。
同時に空を見上げて月を見つけてから、基直は携帯に電話を掛けた。
「兄者か、基直だ。菓子屋横町の『月筺』は解決した模様。覚醒者一名、気絶状態で確保。客間を用意してくれ。それともう一つ。

基之が抜き身の"逆鱗"を持ってる。」

冬独特の青白い月が三人を見下ろしていた。





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