ナイトウィザード『無名帳』


1.

冬は日が落ちるのが早い。夕方だというのに、日が沈み、冬独特の青白い月が輝いていた。
さいたま新都心の周辺都市越戸(こえと)市の「和菓子横町」も例外ではない。
その路上のベンチの一つで、地元の私立中学、輝明学園越戸校中等部の制服の二人が、名物の和菓子を食べながら、進学先のことについて色々と話していた。
一人は長身で精悍な顔つきと体つき。もう一人は対になるようないささか低い背と柔和な顔つきが特徴だった。

「俺は、大宮だ。」
精悍な少年、原石剣(はらいし・つるぎ)が柔和な少年、智徳院基之(ちとくいん・もとゆき)に告げた。
基之は最初、「ああ、大宮ね……」と適当に相づちを打っていたが、思い出したように剣に聞いた。
「お前、クラブユースのセレクションに受かったのか!?」
「おお。順当にいけるかどうか分からんけど、このまま順当に行けば高校を出てプロ入り、かなぁ」
「お前だったらなれるよ。だってウチのサッカー部のエースストライカーだったもんな。」
「そう言ってくれると嬉しいよ。」
「で、お前は」
「越戸で出してる。なんだかんだ言ってもここで生まれて育ったからね。」
「そっかぁ。」
「ま、全国何処でも、輝明学園は輝明学園だからね。」
「分かってんじゃん、お前」
「やっぱり輝明大宮で出していたのか。」
「お前だって輝明越戸だろ?」
「じゃあ、同じだ」
高校入学試験までの短い中学最後の三学期、二人は輝明学園越戸中等部の制服姿で越戸名物の芋菓子を食べながら他愛もない会話をしていた。
「お互い、長いつき合いだったよなぁ……」
唐突に、基之が剣に切り出した。
「高校が違うって言ったって、同じ県内なんだから、二度と会えないって訳じゃないんだし何言ってんだよ?」
「いや……、そう言えばそうか」
剣の反論に基之はそれも尤もか、と答える。
そして、その二人の上には青白い月が輝いていた。

新宿と繋がる私鉄越戸駅。その駅前にある喫茶「エトワール」。
そのボックス席の一つで30前後の男が注文したチョコレートサンデーの器を手に取ったところだった。
「冬の日に、暖房の効いた部屋でアイスを食うのが至福の一時なんだよねー」
男は独り言をつぶやきながら一口目を食べようとした瞬間、ドアを開けて一人の青年が入ってきて辺りを見渡し、彼を見つけるとボックス席に向かって歩き出した。
「基さん。やっぱりここでしたか。」
青年−横山一八(よこやま・かずや)は男に向かってそう言った。
男はスプーンを止めて、
「カズ。人がアイス喰おうと言うときに現れやがって……」
男−智徳院基直(ちとくいん・もとなお)が思わず八つ当たり気味に愚痴る。
和泉はそれに構わず、基直に近づいて小声で言った。
「『紅い月』が昇ってます。場所はおそらく『和菓子横町』」
「なに?分かった。行くぞ」
基直はそう答えて、アイスを食べずに勘定を済ませて店を出た。一八も後を追う。

「な、何だ?」
いきなり霧が出てきた基之は思わずつぶやいた。
「なあ、つ……」
同じベンチの隣に座っていた剣の方を振り返って、思わず言葉に詰まる。
隣に座っていたはずの剣がいない。
まだすぐ隣が見えないほど霧は濃くない。
「剣?」
確信のない呼びかけをして、基之は気が付いた。
そう言えば、他の人の声もなければ、すぐ隣の大通りを走っているはずの車の音もしない。
「剣!」
基之は立ち上がって、視界の良くない辺りを見回ながら叫んだ。
幸い、ぼんやりとだが、いくつかの人影が見える。
基之はそちらの方に向かっておぼつかない足取りで歩き出した。

「!?」
人影の方に向かって歩き出した基之は、途中まで来てそのまま足が止まった。
いくつもの背中の曲がった老人のような影が一人の横たわる人間の影めがけて棒のようなものを総掛かりで打ち下ろしていた。
突如、霧が薄くなった。
基之は、目の前で何が起こっているのかをはっきり見た。
「!!」
地面に横たわったままの剣が、斧を打ち下ろされ続けていた。
斧を打ち下ろしていたのは血まみれの衣服、血で染めたような鈍い紅色の三角帽子(レッド・キャップ)をかぶった老人のような何者だった。
「ひっ!あっ!」
基之は思わず後ずさろうとして、そのまましりもちをついてしまった。
剣に斧を打ち下ろしていたレッド・キャップたちが基之の方に向き直り、斧を引きずったまま基之の方に歩き出した。
「あ……、あ……」
基之は悲鳴すら上げられず、そのまま動かなくなってしまった。

空には紅い満月が基之をあざ笑うかのように浮かんでいた。





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