ナイトウィザード『無名帳』


4.

夕食後、基之は父の基氏(もとうじ)と基直に客間に来るように言われた。
客間にはいると、基氏と基直が先に座っていた。
基之も何も言わずに二人に向かうように座る。
二人の間には"逆鱗"と一巻の巻物、書道用具があった。
「"逆鱗"をもう一度抜いてみてくれないか?」
基之は「はい」とだけ答えて、何も言わずに"逆鱗"を抜く。
誰も抜いたことがないと記録されていたそれは、基之によってあっさりと抜けた。
日本刀、それも古い太刀作りとしてはいささか太く剛毅に過ぎた。
特徴として、側面に吠える昇り龍の彫り物があった。
基之は"逆鱗"を鞘に納めて言った。
「なぁ、昨日の剣のことなんだけど。みんなしておかしいんだよ。学校のみんなも剣の母さんまで、あいつが最初からいなくなったことのように振る舞うんだぜ」
基氏と基直はそれを聞くとお互いに頷きあい、基直が口を開いた。
「彼は、『最初からいないこと』になった」
「?」
「『奴ら』に殺されてしまえば、『最初からいないこと』になる。世界が世界であるためにな。」
「『奴ら』?」
「世界を壊す敵『エミュレイター』だ。そいつ等がはびこると、世界が壊れてしまう。だから、俺や兄者、それに『エミュレイター』と戦える、と言うかそのことを知っている連中が戦っているわけだ。」
「……」
「そして、お前も『そのことを覚えて』いる。普通なら、お前も『最初からいないこと』になった人のことを覚えているんだからな」
「それに、"逆鱗"は『エミュレイター』と戦う為に作られた刀で、それをお前が抜いた、と言うことは、お前は『エミュレイター』と戦える、いや、戦う力を持っているんだよ」
「……」
基之は圧倒されたように黙り込んでいたが、
「なぁ、父さん。叔父さん」
「何だ?」
「俺に、出来るんだろうか?エミュレイターと戦って、俺の周りのみんなが剣みたいに『最初からいませんでした』なんて事になるのを防ぐことが。」
「出来る。と言うより、覚えている以上、やらなきゃならないことなんだ。」
基之と基氏のやりとりに、基直が割って入る。
「これから、忙しくなるな。お前に教えなきゃならないことが色々多すぎる。」
「うん……」
「それとだ。」
そう言って、基直は三人の間にあった一巻の巻物を広げた。
中身は、色々な人の名前が並べてある。
「これは?」
「『無名帳』さ。」
「『無名帳』?」
「彼みたいに、『最初からいないこと』になった人を俺たちが記録する為の巻物だよ。」
「なぁ、これを出した理由って……」
「お前が、彼がこの世界にいたと言うことを記していくんだ。それが、覚えている側が、唯一出来ることなんだよ。」
「うん……」
基之は生返事気味に返事を返すと、筆を借りて巻物に、
「原石 剣」
と記した。
「もう寝ろ。明日からは叔父さんの行ったように色々と忙しくなるぞ」
「お休みなさい。」
名前を書き上げるのを見計らって、基氏は促し、基之は自室に戻った。





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