魔王死して勇者帰るも……


プロローグ
地方都市、常奏市(どこかのし)、その南に位置する南鹿野山(ながのやま)。
その山の頂上に僕と彼女はいた。
ここから、市街を見下ろすことが出来る。僕と彼女の家もある。
「……やっと、戻ってきたよ」
「ソウネ」
僕の隣に立っていた彼女の声は抑揚がなかった。
多分、視線の先にある市街も見ていないのだろう。
何でこうなったのか知っている僕は思わず、彼女に抱きつき、
「うっ、ううっ、ううっ……」
涙が止まらなかった。
彼女は僕より背が高く、彼女の胸の中に顔を埋めた僕を抱きしめ、顔は僕の方ではなく、相変わらず市街の方を向いていた。

1.
何でこんな事になってしまったのだろう。
そうだ、あれはある日の夕方だった。
放課後、僕と彼女は他愛もないこと、たとえば僕が読んでいる本のこととか、彼女の剣道部の新人戦のこととか、多分そんなことを話し合いながら帰宅への道を歩いていた。
そして、彼女の家が近くなって、
「じゃあね、また明日」
と彼女が言ったので、
「また、明日」
僕は手を振って、彼女と別れた、いや別れようとした。
その瞬間、僕と彼女はまぶしい光に包まれたような気がして、そのまま意識を失った……。

2.
次に目が覚めた瞬間、僕と彼女は、僕の知らないところにいた。
床には円と、何か模様のような者が描かれた赤い絨毯、四方を煉瓦か何かの壁に囲まれていて相当広い部屋だった。
そして、僕たちを取り囲むかのように槍のような者をつきだした鎧甲のような物を着た人々と、その輪の中にいる鎧甲を着けていない人物、一人は若い女性、もう一人は老人がいた。
僕の読んだ本の中からの記憶を探ってみても、人々の衣装を本の中で見た覚えはなかった。
女性は老人と何事かを話し合っていたが、やがて僕たちの方に向き直って、言った。
「来てくれたのですね、"勇者様"」
「はい!?」
映画の吹き替えのような調子とその内容に、僕はうわずった声で返した、と思う。

3.
しばらくして後。
僕たちは、女性と老人とともに、同じ食卓で食事をしていた。
そして、食事が終わると女性の方から話を切り出してきた。
「お願いします、"勇者様"。この世界を"魔王"から救って下さい」
唐突なお願いを受けた僕は激高して立ち上がり、
「訳が分からないよ!大体"勇者様"って一体何なんだよ!」
「無礼ですぞ!いかな"勇者"と言えども陛下に向かって!」
「何をおっ……!」
女性に隣にいた老人にとがめられた僕は思わず彼にも吠えかかり、
「ちょっと……」
隣に座っていた彼女にたしなめられ、また席に着いた。
「……分かりました。一から話しましょう」
"陛下"あるいは"女王"は事情を話し始めた。
彼女がこの世界の統治者であること、世界が"世界樹"という一本の木によって支えられていること、その世界樹が"魔王"と呼ばれる存在に食い荒らされつつあると言うこと、その危機をしのぐ祈りとともに"勇者"が現れて、"魔王"を倒してくれたことなど。
「それで?」
「我々の祈りに答えてこの世界に来てくれたあなた方に"魔王"を倒して欲しいのです」
「そんな身勝手な!」
「しかし、あなた方が"魔王"を倒さねばこの世界は救われず、あなた方も滅びることになるのですぞ」
「……っ!」
僕が言葉に詰まったのを見て、彼女が静かに言った。
「分かりました。"魔王"を倒す話、引き受けます」
「しかし……」
僕が彼女に反論しようとすると、彼女はいささか軽すぎる声で言った。
「だって、困っている人を助けないわけにも行かないし、それに、このままだと、君も私もうちに帰れないでしょ……」
「そりゃそうだけど……。……分かった。僕も引き受けます」
どういう声で"女王"に返したのが、僕は良く覚えていない。

4.
僕たちが"魔王"を倒すことを引き受け、食事を済ませた後、別な部屋に案内された。
その部屋は、いろいろな武器・防具・書物などが飾られてあり、博物館の展示室を思わせた。
「ここは?」
僕は"女王"に尋ねる。
「"勇者"が"魔王"を倒すのに使ったと言われている武具や書物、宝物が納められている部屋ですわ」
「そうなんですか」
彼女は、僕と"女王"とのやりとりが耳に入らないかのように、一振りの刀-そうとしか言いようのない物だった-に向かって歩き出していた。
僕が彼女を呼び止めようとした瞬間、部屋の別な方向から、何か妙な感じがしたので、僕はそちらの方に向かった。
そこには、一冊の本と、一個の石があった。
僕は、彼女を呼び止めようとするより、そちらの方に気を取られ、気がつくと本を取っていた。
そして、表紙をめくった瞬間、
「わぁぁぁっ!?」
目の前を文字の羅列が駆け抜け、頭がその羅列、いや本の内容にたたきつけられる。
気がつくと、僕はほんの最後のページをめくり終えていた。
がっくりと両膝をつき、息は荒く、汗が止まらなかった。
見ると、彼女も刀を杖に荒い息であえいでいた。
そして、僕の制服のポケットに本とともに置いてあった石が入っていた。そのことに気がつくのは後になってのことだった。

5.
その日の夜、眠れなかった僕は、建物の外、中庭とおぼしき部分にいた。
あの部屋での出来事がどうにも気になっていたというのもあったと思う。
確かあのときの内容の中で、手のひらから野球ボールくらいの火の玉を出現させ、それを飛ばす術があったのを思い出した。
僕がなぜそれを試してみようと思ったのかはよく分からない。ただ、何となく出来そうな気がしたのでやってみようと思っただけだと思う。
立ったまま右手を伸ばし、手のひらを空に向ける。
そして、心の中で、火の玉が手のひらに浮かぶ光景を思い浮かべた。
すると本当に、右手の手のひらの上に野球ボールくらいの大きさの火の玉が浮かび上がった。
「!?」
僕は声にならない叫びを上げ、慌てて、庭にあった岩に火の玉が飛ぶように念じた。
今度も火の玉は岩の方に向かって飛び、そのまま岩にあたり岩を砕いて火の玉は消えた。
僕が自分のしたことに呆然としていると、庭のどこかから風切り音と彼女の気合いの声、そして、堅い物同士のこすれあう音が聞こえた。
見ると、彼女があの部屋で見つけた刀で、庭にあった岩を切りつけていた。
岩は、真っ二つになっていた。
「君も起きてたんだ」
彼女も僕を見つけていった。
「うん。あの部屋でのことが気になって」
僕が返事を返したのを聞いて、彼女も答えた。
「私もだよ。今だったらあの部屋で見たことが出来るんじゃないかと思って」
「ねえ」
今度は彼女の方から切り出してきた。
「魔王を倒して、一緒に町に帰ろうね。そしたらまたいつもの日々に戻れるんだからさ。約束だよ」
「うん」
僕は彼女の約束にそう答えた。
約束を果たそうとした結果、あんな事になってしまうとは僕はまだ知らなかった

6.
翌朝、僕たちは案内人につれられて、世界樹と魔王のいるところへ向かった。
今のところからそう遠くないところにある廃城の中庭にあるらしい。
案内人の話によると遠い昔、「魔王」が現れて世界樹を食い枯らされた際に、「勇者」が「魔王」を倒し、その後に世界樹の苗木を植えた地だという。
僕たちはそこに向かう途中で一本の木が天の彼方まで伸びているのを見た。
「もしかしてあれが」
「ええ、世界樹です」
「でも、樹が死にかけてる……」
僕と案内人とのやりとりに彼女が一言付け加えた。
世界樹をよく見ると、確かに葉が一枚も付いていない枝が多かったり、枝振りに比して葉の付きが悪い枝が目立った。
「……行こう。行って終わらせよう」
「うん」
彼女が僕に向かって言った。
僕も答えて、覚悟を決めた。

7.
しばらくして。
僕たちは件の中庭にいた。
「うわ……」
僕が実際に見たり、テレビやネットの画像で見たどんな樹よりも太い幹、それの至る所にかじり荒らされた跡があり、足下を見ると、地表に張り巡らされた根が所々食いちぎられていた。
これでは、樹が死にかけるのも無理はない。
「地響き?」
僕も彼女も案内人も、そちらの方に目をやった。
幹の陰から、そいつが現れた。
「あれが魔王です!」
そいつは、蛇・トカゲ・ワニ……あらゆるは虫類を掛け合わせたような奴で、大型トラックくらいの大きさだった。
「ひ……」
僕はかすかに悲鳴を上げた。
逆に彼女は刀を抜き、僕に向かって言った。
「い、いくよ」
彼女の声もかすかに震えていた。
彼女も怖いけど、それでも公言したことを果たそうとしているんだ。
僕もやらなきゃ。僕だけでは無理、彼女だけでも無理だろうけれども、二人なら出来る!
「うん」
自分に言い聞かせるように答えて、僕たちは魔王に向かって行った。

8.
そして、魔王が倒れて動かなくなったとき、彼女も倒れて動かなくなっていた。
あれはそう、魔王がけいれんして最期に透明な液体をはきかけ、彼女がそれをよけきれずにもろにかぶってしまい、魔王が倒れて動かなくなった直後、彼女は僕に向かって苦笑いし、そしてそのまま倒れた。
僕はうつぶせに倒れた彼女を仰向けにして、服の上から胸に耳を押し当てたが、鼓動は聞こえてこなかった。
こんなの嘘だ、だって彼女は一緒に帰ろうねって僕に約束したじゃないか!
そう心の中で叫んだ直後、僕の頭の中に一つの術が思い浮かんだ。

石の力を使って死人を蘇らせる術。

僕は迷わず、それを使うことにした。
これで僕たちは二人で町に帰れるんだ!

9.
仰向けで倒れたままの彼女に術をかける。
術に必要な石は最初に術の本を読んだ際、僕がポケットの中にしまっていたらしいことも術を思い浮かんだときに思い出した。
その石を彼女の上にのせ、彼女が蘇るように全力で念じた。
石は脈打ち、彼女の中に吸い込まれ、しばらくして、彼女の目が開いた。
彼女の傍らで跪いて念じていた僕は、彼女が目を開けるのを見て、思わず涙を流した。
「良かった……」
僕は彼女に向かって心から安堵の声を出した。
「ヨカッタ……」
彼女が抑揚のない声で、僕の方を見ないまま答えた。
「これで僕たち帰れるんだよ。いつかの夜に二人で約束したように」
「ヤクソク……」
またも抑揚のない声で、彼女は僕の方を見ないまま答えた。
さすがに不審に思い、僕は彼女に尋ねた。
「そうだよ。『一緒に町に帰ろうね』って約束したじゃないか!そう言ったのは君だよ!」
「イッショニマチニカエル……」
「そうだよ、君が言ったんだよ!」
「キミガ、イッタ……」
ここに来て、僕は彼女がおかしいことに気付いた。
彼女自身が言ったことを忘れるはずもないし、彼女は自分からした約束を忘れたり、無かったことにする人じゃなかったはずだ。
ちょっと待て。僕は一体どんな術をかけた?
必死に「石の力を使って死人を蘇らせる術」の詳細を思い出そうとした。

死んだ人間を蘇らせることは可能だが、その人の中身まで蘇るわけではない。

その注記事項の存在を思い出したとき、僕は、自分が罪を犯したのだと思い知った。
そう思い知った直後、僕はまたまぶしい光に包まれたような気がした。
僕は思わず目を閉じて……。

エピローグ
次に目を開けたとき、僕たちは南鹿野山の頂上に立っていた。
「……やっと、戻ってきたよ」
僕は思わずつぶやき、
「ソウネ」
彼女の声は抑揚がなく、彼女の中身が蘇ってないことだけは確かだった。
「うっ、ううっ、ううっ……」
僕は彼女の胸の中で泣き出した。
しばらくして、そうだ、家に帰らないと、と言うことを思い出した。
「帰ろう……」
「カエル……」
僕のつぶやきに、彼女は反応し、僕が山を下りると、彼女は何度か転び、そのたびに僕が彼女を起こして、たどたどしい足つきで僕について行った。
そして、彼女の家が近くなって、
「このままこの道をまっすぐ行って、家の扉を開けて、『タダイマ』っていうんだよ」
彼女が小さくうなずいたのを見て、僕は続けた。
「じゃあね、また明日」
「マタ、アシタ」
そして、彼女が自分の家に向かったのを見て、僕も自分の家へ戻った。
多分、泣きながらだったと思う。

某月某日の常奏ケーブルテレビ番組『常奏ピンポイントニュース』より

次のニュースです。
本日、捜索願が出ていた男子生徒と女子生徒が、無事保護されました。
女子生徒は心神喪失状態で発見されており、男子生徒は「異世界に連れ去られたが、この世界に戻ってきた」「彼女を蘇らせることは出来たが、中身まで蘇らなかった」などと、意味不明の供述を繰り返しており、警察はカウンセリングや精神鑑定などを含めて捜査を続けていく方針です。
次は『ピンポイント天気予報』です……。


(完)

後書き

気の強い姉と賢い弟、一番アリスに近かったけど、
二人の夢は覚めないまま、不思議の国を彷徨った。

(ボカロ曲"人柱アリス"より)

しかし、本人の意思に関係なくこっちとは全く文化の違う世界に召喚されてしまうシチュエーションって、
工作員が拉致誘拐する某、民主主義とか人民共和とかカケラもない軍事独裁物乞い国家とどこが違うのやら…。

(「うちのファンタジー世界の考察/小林裕也、新紀元社」P108、アラカルト・召喚術より)

とか持ち出さなくても、

あまのじゃく根性むき出しにして異世界召喚物(と言うジャンルで良いのかな?)を書いたらどうなるか?

をやりたかっただけなんだろうなぁ……。
(身も蓋もない話だけど)