・一言日記 平成15年1月番外編

館山旅行記


・1月20日

仕事後、前々から後輩に
「館山の方に旅行に行ってみたい
(里見氏関係の館山城などを見てみたいと、前々から思っていたため)」
と、言うと、後輩たちから
「住んでいるところと違う(電車の事情とか、泊まるところの問題など)」
と言われたので、館山のビジネスホテルに予約を入れたり、ネットで内房線の時刻表を調べたり。

・1月21日

仕事後、しばらく休んでから職舎を出る。
三鷹駅の方に出て、中央線快速で東京駅へ。
東京駅構内の食堂で夕食。
東京駅から特急「ビューさざなみ(京葉線・内房線)」に乗って館山着。
館山駅西口(これは、1月22日夕方、帰り際に撮影した)

デジカメで、夜の館山駅などを撮ろうとしたが、デジカメを固定する三脚を持っていない
(光量確保のため、シャッターを開けている時間が長くなり、その結果、デジカメを動かしていないつもりでも手ぶれが起こる)
ため、撮影を断念。
そのまま、宿泊先のビジネスホテルへ移動・宿泊。

・1月22日

寝過ごし気味に起床。
10時少し前にホテルを出る。
外でじっとしているには寒く、動くと暑い一日(着込んでいたせいもあったか)
城山公園(館山城)の方に出ようとして、すぐに海岸の方に出る。
海岸で見つけた放魚記念碑 海岸より、館山港を撮影
やっぱり海はいい。
(山育ちだし、今住んでいるところの近くにも海はないもので)
安房博物館(海、特に水産と伝統工芸関連を展示している)を見学したあと、
安房博物館に展示されていた捕鯨砲
同じく、安房博物館に屋外展示されていた焼き玉エンジン(船に使われていたエンジン)
歩きながら、城山公園(館山城復元天守)の方へ移動。
城山公園の麓より、館山城を見上げて

城山公園にて、館山城に直接上がる道が作業でふさがれていたため、いったん遠回りして市立館山博物館の方から、館山城に上がる。
途中、民謡の碑を見つける。
里見節
小高喜郎 作詞
大谷慎 作曲
緑あやなす安房の山
武将が愛でし天賦の地
八犬伝の名も高く
ここは館山里見城

想いははるか富山の
ほこらに咲きし物語り
恋の伏姫今いずこ
若武者たちの夢のあと

里見義弘名将の
弓矢は響く関東に
文武を競う八犬士
そのいさおしは今もなお

ありし昔の面影を
偲ぶ城跡千畳敷
ほまれは残る城山に
澄みわたりたる秋の月

(碑文のまま)
館山里見城跡の碑 館山城近影(実は、館山城は天守があったか否か、不明だったりする(^^;))
復元館山城(市立博物館分館)でNHKの懐かしの人形劇「新八犬伝」のフィルムライブラリを見たり、展望台(館山城四階)で、館山の写真を撮ったりしたあと、
館山城展望台北の眺め(館山駅を中心として)
館山城展望台東の眺め
館山城展望台南の眺め
館山城展望台西の眺め(海上自衛隊館山基地を中心として)
八賢士(最後の房総里見家当主里見忠義公に殉死した八人の家臣、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の八犬士のイメージベースとも言われている)の墓に墓参。
八賢士の墓碑と墓
その後、慈恩院(里見家の菩提寺)へ行こうとしたが、道に迷いかけたのと、時間が足りなくなってしまうのではないかというおそれから、断念。
その後、城山公園の麓にある館山神社を参拝。
館山神社本殿
その後、バスで房総里見家三代目(といわれている)当主里見義通公が造営したといわれている鶴ヶ谷八幡神社を参拝。
鶴ヶ谷八幡神社本殿
その後、館山駅に戻り、駅前でぼんやりとしながら、帰りの電車「さざなみ」で東京に戻る。
館山駅で点検作業が行われていた「さざなみ」号 帰りの途中、すれ違った内房線普通電車
そこからは中央線で三鷹まで出て、バスで職舎へ。
ああ、しんどくも、充実した旅だった。